2009年7月25日土曜日

寒い雨続き、暑い日に


■2009年7月25日(土曜日)30度。晴れ。
 
 ことしは天候不順、雨が多く寒い7月であった。今日は暑い。

 7月14日から大岐集落の後背地の尾根にある「やまのかみさま」大山祇神社の祭礼。

■7月24日、昨日のこと。

 「24日は愛宕様の祭りだから、道の草でも刈ってくっぺ」と父上・清一。

 そしてちいさな「チタケ(乳茸)」を3本採ってきた。

■25日の朝食にインゲンとチタケの油炒めが出た。

2009年7月12日日曜日

茄子(なす)










■2009年7月12日(日曜日)曇り。15度C。

 7月に入ってからは、雷雨、豪雨、、、と雨続きになっている。

 春に会津盆地にあるホームセンターから求めた3本のナス(茄子)の苗を、自家食用菜園ビニルハウスのなかに植えて手入れしていた母上(ミヨ子・75歳)が、収穫してきて、昨日、今日と食卓に出してきた。まだ一般には大岐集落では茄子は遅くなる。キュウリも収穫している。食べる分だけ作っている。そしてカスミソウの採花・調整・染色・出荷の毎日で行っていない畑のズッキーニは、大きくなっており、それは皮をむいて煮浸しで昨夜の夕食に食べた。キュウリと茄子はひとしおかけて一夜漬け。キュウリは「突いて」千切りにして味噌和えになっている。

 冬は秋に収穫し貯蔵していた根菜類を食べ、雪融け後は雪の消え端の山菜を4~6月と食べ、7月は雪融け後、霜が降りなくなってからの5月末に植えた野菜が採れ始める。あとはこの夏は、茄子とキュウリを中心として食事が取っていき、気づいてみると肉や魚を全く食べないで2ヶ月ほど経過していることに気づく。体は夏の暑さに充分耐えるように締まっていく。冬と夏は5kg体重差が出る。夏はやせる。

2009年6月22日月曜日

6/22 ミズナ



■2009年6月22日(月曜)曇り、午後より雨。
 
 今朝、大岐の家での朝食には母上・ミヨ子(75歳)の料理に、「みずな」が出た。これまでは「フキ」の料理が多かった。

2009年5月19日火曜日

ゼンマイ採り


大岐 ゼンマイ
■2009年5月19日(火)晴れ。

 父・清一(76歳)は、今朝早くから大岐集落の近くの山(滝谷川左岸のW沢)でゼンマイを採ってきた。

「近頃採ってねえがら、一カ所にこんなに出ていた。ハカセ(博士山のこと、滝谷川右岸)は6月になってがんだ」

 母・ミヨ子(75歳)は、ワラでできた古いゴザを広げ、ゼンマイの綿を取る。太いゼンマイと細いゼンマイの2種に分ける。ゆでる時間が違う、揉む、干す時間が異なるからだ。細いゼンマイはマタタビで作ったカゴに入れている。綿は左手の肥料袋で手作りした「腰カゴ」に入れる。

 鉄製の鍋に裏山からの沢水を入れ、石油ストーブで沸騰させゼンマイを入れゆでる。そして屋外、、、通常は庭(いえんめ、家前)に厚めのゴザを敷いてならべ天日で干す。そしてワラゴザの目を利用して手で揉み水分を飛ばす。その繰り返しが「ぜんめもみ」(ゼンマイもみ)。

 かんじき用の竹を採ってきた所にはタケノコが出ていたが、それは熊(ツキノワグマ)が食べた跡があった、という。天然の葉わさびを採ってきた。













2009年5月19日 (火) 05時28分 会津学 | 固定リンク

2009年5月18日 (月)
雪があるうちにやってほしい
■今日の会議で出た意見は、

「雪があるうちに、会議をやってほしい」

という意見が複数あった。

その意味は、

「雪が融けると農作業は一斉にはじまり、忙しいから、

雪がまだ残っているうち、つまり4月末までに

会議(総会とか、、)はやってほしい」という意味。

雪が、基準になっている。

■秋は雪が降る前に、、、、という時と、

雪が降ってから、、、、という場合がある。

■雪を送りました→→→ FFCネットワーク


■柳沢峠のブナ

2009年5月6日水曜日

輪かんじき


さんねんだけ(三年竹)
■2009年4月21日(火)大岐は、朝から強風雨の日、昼頃は晴天・曇りに。

 父・清一(せいいち、76歳)が、昼に語っていた。

 「いしわりくぼ(石割窪)に行ってみる」

 私は山野を歩いて、夕方4時から雨になったので家に戻った。

 「石割窪の上で20本、サンネンダケ(三年竹)を取ってきた。数日後にカンジキの輪を作る。いまがセツ(節)だ。」

 「石割窪は高畠とワンナ沢の間。竹(地竹、根曲がり竹)は二年目のものだとシナクレル(萎れる)。フシ(節)の皮が付いていない三年タケ。四年タケだと堅くて曲がらないけれども、うまく作れば丈夫だ。四年タケだと黄ばんでくる」

■本来は、10月下旬、この地域が落葉した頃に竹を採取した。それを冬に火を使ってあぶり曲げた。輪カンジキ作り



母の笹巻き(ササマキ)




■2009年5月3日(日)薄曇り。

 今日、大岐集落内の桜、山桜とも満開になった。平年通り。ブナも葉を緑色にひろげはじめました。今日から博士峠の水芭蕉の杜の直売所が開店しているようです。明日も。若い人が亡くなり祭りは中止になりましたが直売はやるそうです。

 1昨日から村内で親子クマの目撃例が何カ所かであり、松山、野尻等の地区には檻が設置された、という村内の防災無線広報が音声で谷間に流されている。

■五月の節句にはササマキ(笹巻き)を作り、食べる。集落周囲の山野に自生するチシマザサの葉を前年夏に採り乾燥したものを水で戻し、同じように採っておいたイワスゲを縛る紐とする。あるいは湯で煮て戻す。

 餅米を洗い、水を切る。

 笹の葉には表裏があるので、それを確かめ一枚で筒を作り餅米を入れ、もう一枚の笹でふたとなるように折りたたみ、紐を掛ける。一端は長くしておき五個で端を結ぶ。

 このまま、水に浸けてからゆで上げると早くゆであがる。一時間ほどゆでる。

 母・ミヨ子(七十五歳)。一升の餅米で笹巻き四十個が出来るが、笹の大きさによる。動画は数日後に編集し掲載します。母の笹巻き(ササマキ)

2009年5月1日金曜日

芽を食べる








■2009年4月30日の食卓(大岐、菅家ミヨ子作・75歳)。

2009年4月28日火曜日

菌床まいたけ、の伏せ込み

4月28日(火)コゴミ







輪カンジキ




■2009年4月28日(火)晴れ。午後、父・清一(76歳)が輪かんじき作り。

4月27日午前は雪





■2009年4月27日(月)

 会津・昭和村の大岐地区(標高730m)では、午前7時15分から、雪が降っています。

 昨夜までの強風は止みました。昭和村では矢ノ原を中心に6棟程度が強風の被害を受け、ビニル破損しました。終日、気温3度。

 1000m以上から博士山山頂までは雪化粧に。

 前日も博士峠、舟鼻峠は雪、あられ。隣町の下郷町の戸赤のヤマザクラは3分咲き。

 大岐地区の咲き始めた山桜も寒さで、足踏みです。

2009年4月21日火曜日

大岐の雪、消える


■2009年4月20日、大岐の田畑の雪は消えました。

ブナの花咲く


■2009年4月21日。大岐の裏山のクイナ、柳沢、、、博士峠など、ブナ林帯を作る樹種・ブナの花が咲いた。

三年竹


■2009年4月21日(火)大岐は、朝から強風雨の日、昼頃は晴天・曇りに。

 父・清一(せいいち、76歳)が、昼に語っていた。

 「いしわりくぼ(石割窪)に行ってみる」

 私は山野を歩いて、夕方4時から雨になったので家に戻った。

 「石割窪の上で20本、サンネンダケ(三年竹)を取ってきた。数日後にカンジキの輪を作る。いまがセツ(節)だ。」

 「石割窪は高畠とワンナ沢の間。竹(地竹、根曲がり竹)は二年目のものだとシナクレル(萎れる)。フシ(節)の皮が付いていない三年タケ。四年タケだと堅くて曲がらないけれども、うまく作れば丈夫だ。四年タケだと黄ばんでくる」

2009年4月12日日曜日

4月12日、天狗様祭





4月12日、天狗様祭
■2009年4月12日(日)曇り。

 本日は、大岐集落の「てんぐさま・まつり」の日。→→ 動画・てんぐさま

 博士山東麓の大枝沢天狗神社の祭礼日で、ご神体は山体にある岸壁のいわくら(岩磐)。

 遙拝する鳥居は集落と天狗様を結ぶ尾根の突端にある。そこに集落後背の尾根の突端にある鎮守・山の神(大山祇神社)の社に保管してある「はた(旗)」を朝に奉納した。

 午前10時より、集会所・大岐センターで集まる。

 平年よりも少ない雪で、田んぼの土手が出たので、あと1週間で水田等の雪は無くなる。いま30cm。

■4月10日夜、小野川センターにて、5月4日のミズバショウまつりの実行委員会開催。

2009年4月7日火曜日

春の雪山へ






■2009年4月5日(日)曇り、気温3度。

■4月1日から2日にかけて福島県大沼郡昭和村大字小野川字大岐、おおまた集落では40cmの新雪が降った。当然のことながら、ビニル被覆したハウスの屋根の雪下ろしが深夜行われた。融雪は低温でなかなか進まず、積雪深は60cmほど、現在もある。

 「わかゆき(若雪、新しい雪)降ったから、今日はぬかる」といい、4月5日の午後に、輪カンジキを用意して雪山に出かけた。父の手製の輪カンジキは大きなものを私が履き、小さなほうは父が長靴を履いた足に装着した。

 標高816mの峠から933mの尾根伝いにブナやミズナラの生える雪山を歩いた。マンサクの黄色い細い花が咲いていた。冬の日本海からの西風により尾根の西側は雪が少なく、林床の土が出ている。一方でその飛ばされる雪は東側に雪庇(せっぴ)をつくる。この雪庇は「ふっかけ」と呼ぶ。

 戦前に人為的に掘られたムジナ穴(タヌキの巣穴)をひとつ教えられた。

 尾根のキタゴヨウ(松)のひとつに、熊の「クマハギ」の跡があり、松の樹液があふれ出ていた。

 オンノレという樹木も10本ほど、教わった。斧が折れるほど堅い木で、雪の上を木材を載せて引く「そり」の材料でもある。

 私の服装は、下着の上に登山用の上下の化学繊維の長袖・ズボン下。その上にズボンと、シャツ。綿入りの上着。ゴアテックスのカッパのズボンをはいた。靴下・長靴・スパッツ・カンジキ。そして毛糸の帽子で耳を隠す。風は冷たい。手も軍手。